日本縦断の旅 番外編② 道中の手記(8/10~8/13)

こんにちは。

番外編②ということで、旅の道中で記したスケッチブックの文章&絵を載せていきます。日本縦断の記事と一緒に読むと、より情景が伝わるかもしれません。

ときどき、今読み返してみてのツッコミを「←」でいれていきます。

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スケッチブック。

 8/10(土) 曇り/雨

8:34 小樽駅の待合室で

小樽駅の待合室はいろんな言葉がします。外国の言葉やらぼそぼそとした会話やら。

待合室の扉の前で女の子が1時30分くらい人を待っていて、けなげだと思いました。

隣に座ったおじさんは甘酒をちびちびと飲みながら自分の脚に指で文字を書いていました。

待合室はとても静かなのです。扉を閉じるとほとんど構内の音は遮断されます。

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小樽駅の待合室。

 

待合室で本を読んでいます。吉本ばなな『キッチン』という本です。

本なんてどこで読んでも同じだろうと思っていたけど、ここで読むのは案外いいです。

いろんな人が周りにいるので、いろんな人生があるんだなーって感じます。

それは、本を読んで思うことですが、家で1人で読むより、人の交差する場所での方が想像が豊かになります。

 

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どくしょ。
9:38 倶知安行きの電車で

 小樽駅で、去年同じ授業を受けてた子に会いました。

こういうこと、やたら細かく覚えている傾向にあります。

細かく覚えているがゆえに、相手に忘れられていると悲しいです。逆もまた然りですが。

あった子は僕には気づいていないようでした。気づいたとして(たとえば目が合ったとして)話すかどうかは微妙です。

こういう、「知り合い程度」の人とうまく話せるか否かが「コミュ力」だとつくづく思います。

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車内の人。二人でいて一人がスマホばかり見てるのは寂しいものです。

こうして車内でスケッチブック を開いていると芸術家の類に思われそうで恥ずかしいです。この羞恥をなくすのも今回の旅の目標の1つです。(←旅の終盤はなくなってたけど札幌に帰ったら戻った気がする)

 昔、本か映像か、あるいは歌か分からないけど、「夕方の町で様々な家の食卓を見ると絶望的な気持ちになる。自分がどうやってもその全ては経験できないから。」みたいなのがあって、印象的です。

電車に乗って流れる家々の風景を見るとやはりそう感じますね。(←欲張りさんですね。)

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家?と「しおや」駅? 適当に描きすぎて分かりません。

向かいの席の人がしみじみと車窓の風景を見てる(ように見える)のを見てると、帰省中でしみじみしてんのかなー とか妄想します。ドラマとかの帰郷のシーンって電車のイメージがあるのです。

僕も今回は電車で帰省するから、しみじみするのかなって思いました。(←しました。ゆっくり近づいてくるので同時にワクワクもしました。)

晴れてきました。「田舎」って感じの風景。

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草。
10:20

まだこんな時間。

僕はよく「いい1日にしたい」って言います。それで言うと今までは「いい1日」なんです。少し眠いけど。

いつもはずーっとそんなこと考えて、結局どっかでつまずくんです。

今回みたいに、移動に次ぐ移動の旅なら、「いつの間にかいい1日」ってなりそう。

ほんとに、線路と田んぼくらいしかない景色です。

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集中講義の時、雪に囲まれてとても人間が入れそうにない川を上から見ていました。

動物の足跡がたくさん。「まだこんなところあるんだー」って感じました。傲慢だったと反省したものです。

 

まだ初日の午前中だけど、こんなにいろいろ考え事。

考え事が増えるのが成長かどうかは分からないけど、ふだんとは違うことは確かです。

ふだんもこうしてグダグダ悩んでるけど、今回は、どんなに悩んでてもおかまいなく電車は進んで行くというのが安心しますね。うれしく思います。やってみてよかったよー

どんどん考え事ややりたいことが浮かんできても家に居ないからできないのです。でも家に居たらめんどくさがってやらないかも。

帰ったときにこのスケッチブックを読んで、実行する勇気が出たらいいよね と思いながら書いています。(←今読み返しているよ。)

 

家族について時々考えます。

帰郷はしたいけど、やっぱり家族に会うととやかく言われるなぁと。それを思うと帰省したくない一方、帰省しないとの頃の旅を続けられそうにないのも事実なのです。(←意外なことに2019/09/17現在はホームシック)

こういう時、自分はぜんぜん自立してないなーと感じます。経済的に自立したいです。お金が欲しー(←さっさと働け)

 

17:31 森駅に一時停止

だんだんと「固定メンバー」的な人が分かるようになってきました。かといって話しかけてはいないものの。きっかけがあればおしゃべりしたいものです。

「非日常+一期一会」効果で少し行動力は増してるかもしれません。

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疲れが伝わってくる字体。

あと疲れました。長万部を出てから1時間くらい車内で寝てました。

函館で人が待ってくれてるっていう事実は僕をいくらか動機づけます。(The fact some people waits for me at Hakodate motivates me.)

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NIGAOE

こういう2人組と倶知安~いっしょ。

彼らは「この人は18きっぱー」とか選定してる。きっと僕もされています。彼らも又縦断するのかな。

 18:02

(たぶん)乗客の知らない人同士が話しています。いいなー 僕も参加したいものです。

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転がる岩、君に朝が降る。

いや、それどころか函館馬術部の人らと話せるかすら。(←優しい皆さんのおかげで楽しく話せました)

車窓を見ていると、北海道ってソーラーパネルが多いでが多い気がします。

受験のために乗った飛行機や電車から景色を見る度「北海道って」という言葉が感想の頭についていたのを覚えています。

別に特別なことじゃなくても特別に感じたあの頃。です。

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ソーラーパネル。

旅行する度、自分はいつまでも「お客さん」感が否めないと感じて少し寂しくなります。「お客さん」というのは気分は良いけど、なんか表面的な感じがするのです。とはいえ本質的って何?って話ですけど。

そういえば、ずっと曇ってます。雨は好きだけどそろそろ青空が見たいものです。

夏らしい入道雲が見たいです。

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もくもくと。

ただの言い訳に聞こえるかもしれないけど、「大学生のノリ」って全然!つまんないって感じます。

牛乳同好会の飲み会(お花見)、自分が1年生の子に「あーあ クラス同じなら過去問あげたのに」と言った時、うわ!つまんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと感じたのです。

なんなんでしょう。去年先輩が言ってたことをただ繰り返しただけっていうことを嫌悪したのかもしれません。あるいは1年経って変わってない自分を感じて嫌になったのかもしれません。

この旅は現実逃避かもしれませんが、このスケッチブックが現実に戻ったときのアイテムになると信じてます。

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↓B。

「新函館北斗」に停まったとき、少しワクワクしました。地下に駅があって、街っぽかったのです。今までは田舎を求めてたのに!

長万部で当てもなくさまよって、地方の人が都会へ行く気持ちが少し分かった気がしました。

札幌には何でもある。でも、「お客さん」かも?

0:02

ああ なんてすばらしい日だったろう。明日もそうなるようにもう寝よう。

こうしてずっと旅を続けていたら、ずっと心身に気をつけながら幸せに過ごせるんじゃ?

それは突拍子もないように聞こえるけど不可能なことでも無いと思うのです。臨むならすれば良いと思います。おやすみ。

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疲れが見える。

8/11(日) 雨

 8:37 海鮮丼のお店の待ち時間

「海鮮丼500円」に釣られて入った店の待ちでら混んでいます。こういう長い待ち時間も耐えられるのが一人旅の利点です。

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向かいの席の家族。

ぐっすり眠れたものの少しけだるい感じはします。とはいえ、こんなものでしょうか。

朝起きた瞬間から元気元気!とはなかなかなりませんね。旅なので、多少無理しても頑張ります。

昨日が楽しかったゆえに、旅が終わってしまうのが怖いし寂しいです(まだ2日目なのに!)

ふと思うことには、最低限の荷物をかかえるこの旅は自分に合っている感じがします。

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どこかのお店に描かれていた何かの魚。

終わるのが怖いのは、また同じような日々が繰り返されるのがイヤだからだと思います。

とある先輩が言っていたように、なんでも習慣(例えばハミガキのような。)になれば楽なのでしょう。

あれ、なんの話をしているのか!

 

朝市を出て、歩いて「外国人墓地」まで来ました。疲れた。

墓地の前に座ってスケッチブックにかきこんでいる青年って何なんでしょうね。

道中ずっと『だから僕は音楽を辞めた』を聴いていました。やはり曲作ってみたい!と思うのです。(←今はそうでもないかも)これ聴くとその気持ちが増します。アルバム名と矛盾してますね。

それを人に話すのは恥ずかしいけど、こうして書くのはいくらか恥ずかしくありません。

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ぼちぼち いこう。

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墓地から見える海原。絵、雑が過ぎるぜ。

昨日の話になりますが、水産馬術部の先輩と一緒に過ごして「この人たちとなら頑張れそう」と思ったのです。馬術の話ではなく。

なんにせよ頑張れそう というか、この人たちはすごいなー 自分もしっかり頑張ろう いや、そうじゃないと恥ずかしいくらいだ

という感じです。

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いつまでもウマく描けない。
20:58 フェリーにて

夢を見ました。

とんでもないメンヘラの女の子と付き合う夢。怖かった・・・。

「ねえ、なんで〇〇なの?」みたいに、僕のすべての行動の理由を求めてきて、とうとう屈してしまうところで目が覚めました。

こんな悪夢を見るのは疲れているからか、フェリーの硬い床で寝てフユカイだからか。

何にせよ起きてしばらくボーゼン・・・という感じのおそろしい夢でした。

寝てる間、割と荷物が無防備だったのですが無事で良かったです。治安の良さを感じました。

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フェリーで寝たところ。同じ部屋に8人くらいいました。

8/12(月) 曇り

5:52 青森~弘前の電車の内から

青森の線路は左右緑に囲まれていて、「田舎」という感じです。北海道(小樽~長万部)もそんなんだったけどこっちの方がそう感じます。先入観ですかね。

さて、ふとこれまでの8/12のことを思い出しました。すると、今回の8/12はずいぶん頑張ってるなと思います。えらいぞ。なんか、タイムリープしてるみたいな書き方ですね。

「JRで日本縦断」は例えばサイクリングで縦断とかよりも難しくはありません。挑戦すればほとんどの健康な人は達成できるでしょう。

でも、「どうせできる」と知ってても実行したことはすごいことです。

「日本縦断は難しくない」と知ってる人は多くても「日本縦断しました」って人は少ないですからね。

「そんなん簡単やん」と言われても、簡単なことから実行するのが大切なことだと思うのです。

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せんろは つづくよ かごしま までも

(上の絵のようなのは)ずっとよく見る眺めだけど綺麗なものです。線路っていう秩序と自然の混沌さの組み合わせがそう思わせるのかなって感じます。

「川部」駅で乗ってきた制服の男の子は、車内で「世界史B一問一答」を読んでいました。僕らみたいな大きなリュックを背負った人ばかりの車内を彼はどう思うのでしょう。どうも思わないかな。

 

電車の中で小声で歌ったりしています。たぶん聞こえてないはず。都会ではできませんからね。

自然に囲まれ、人が少ないところに来ると自由になった感じがします。まだ終わってもないのに、次はもっと未知の場所に行きたいと感じます。外国とかね。

こうやって経験してもまた次の欲求が出てくるのが人間なんでしょうか。それでいつまでも幸せになれない あるいはいつか落ち着くべき場所で落ち着くのでしょうか。

それが自分の居場所つまり安心できる場所だと思います。

そこにたどり着く過程が人生(キリッ)なのかもしれません。

 

アジカンの『ワールドワールドワールド』を聴いています。思えばアジカンを聴いたきっかけは高校の軽音部の友達が演奏していたことです。

なので聴くとぼんやりと高校の頃に戻った感覚があります。(←悲しいことにだんだん薄れてきてます)

こういう人と人との連鎖で、趣味から時には性格でさえ創られていくんだと思います。それは端から見たら小さなことと思うけど、本人にとっては大事なことです。

世間や個人的なイメージだけで他人を批判してはいけない その人にとってそれぞれ大切なものがあるから ってことが言いたかったです。

「性格(など)が創られる」という話ついでに。

今回みたいな旅は時に「自分探しの旅」と言われますが、僕は「自分創りの旅」いう方がしっくりくるのです。今この瞬間にも乗客や車窓からの景色によって自分は創られていると思います。

「人生は自分探しではなく自分創りだ」というのはアイルランドの文学者 George Bernard Shawの言葉です。

そうそう、こうやって例えや引用を持ち出すと話が伝わりやすいというのは主にブログを書いてみて学んだことです。

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電車の扉。
16:14 新庄行きを出発したばかりの電車にて

駅員さん、店員さん、レンタサイクルのおじさん などと話すことがあるのですが、ぼくのしゃべりが ぼそぼそ・・・ としているせいで、ほぼ必ず聞き返されてしまいます。

あーー 恥ずかしいよー

「旅とは人との出会いだキリッ」みたいな通説を聞くのでなおさら悲しくなります。

関係ないけど、「疲れた顔・首にかけてるイヤホン」とかで話しかけづらい感出てるよなーと思います。

こうして文章を書くときは大抵モヤモヤしたときです。朝は特にモヤモヤor考えごとが多いかもです。

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ずっとこっちを見てる向かいの席の人。

めちゃ見られてる感じがするのは自意識過剰でしょうか。でしょうね。こっちが見なきゃ分かんないんだし。

17:28 羽前千歳にて

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しづかなりけり。

大きなカバンを持った男の子×3と女の子×1が遊んでいました。

蝉と鳥が鳴いている。遠くに車の走る音がする。そういう場所でした。

 

「山寺」駅に停車していると、後ろの方の席で子供が泣いちゃってました。僕の(通路を挟んで)隣の男性が微笑んでいて僕もほっこりでした。

ふと

あの時に戻れたら!ってことは思うものの、こうして自分の考えを言葉に表せる程度には成長したのは嬉しく思います。なにか(お金になることとかに)活かしたいです。

 

きっと自分もそうなのですが、若者というのはあまり人と(特に年上の大人と)接したくない雰囲気を醸し出しているように思えます。まるで自分以外信用していないような印象を受けます。

向かいのカップルが僕のことを見る目や、2人組の若い男の子がおばさんに話しかけられてときの表情や、大学の講義に遅刻し、授業を止めて先生からプリントを手渡された後のうつむきなどから感じ取ります。

年をとったら変わるものなのか、あるいは我々の世代に特有のものなのか。

(←この意見、あんま賛同されませんし、自分もそうでないように思えてきました。結局「人による」ってだけだと今では思います。)

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向かいの席のカップル

夜の電車 しかも知らない土地は少しワクワクします。

なんか、イレギュラーな事態が起きたような。不安と好奇心のせめぎ合いです。

22:00 福島~郡山の電車内にて

「ハローサマー、グッドバイ」という小説を読んでいます。少年少女のSF恋愛小説って感じです。(まだ全部読んでないけど)

「この夏が終わったら僕らは変わっているだろう 何かを急速に失っている気がする たくさん得てもいるけど」みたいなセリフがあります。

自分もそうだなーって感じです。いや、「失ってる」とはあまり感じてないけど。

(←得たのかなー 分かりません。あと最後まで読んだらトラウマになりました。)

23:54 まねきの湯にて

休憩室で雑魚寝です。北日(←馬術の大会)を思い出します。なかなか周りのイビキがうるさいですね。寝れるカナー

ここに着くまでの地下道とか、温泉の脱衣所とかイカつい人が多くて怖かったです。すぐ見た目にびびっちゃうんです・・・。

ムキムキになったらええんかな。何にせよおびえながら生きるのはイヤです。

8/13(火) 晴れ

8:40 郡山駅のホームにて ふと

においや音で情景が浮かぶことがあります。

何も意識していなくても、においや音を身体が記憶しているのだと思います。

そして、時が経って改めて情景を浮かべます。なんとなく不思議です。

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がんばった

駅のホームを絵に描こうとすると、柱やタイルや看板など要素が多すぎます。こういうものを絵に描いたとき自分の思う「駅」が分かってしまいますね。絵に限らずともかもしれません。

10:01 新白河~黒磯の車内にて

相変わらずの田舎の景色だけど、なんかいつもと違うと感じるのは、晴れているからだと思います。「いつも」という言葉を使うほどに旅に慣れたようです。

用事も無く人の目を見るのはやめました。たとえ視線を感じても、見てみたら目を逸らされますし、それと同じことをしたくないからです。

積乱雲が車窓から見えます。早く電車から降りて「夏!!!!!!」を感じたいです。

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自分が脚を組んでるのを描きたかったのです。
10:25 黒磯駅を出発 宇都宮に向けて

いろんな顔の人がいると、「高校の時の〇〇に似てるなー」とか思います。

そして、その人のイメージと結びつけて苦手だなとか考えてしまいます。人を見かけで判断するのは悪いところです。

『ハローサマー、グッドバイ』が鬱展開になってきて車内で涙を流してしまっています。どんなに論理が破綻してても救われて欲しい!と思うのは、小説を読むのに向いていないのかもしれません。

読み終わりました。救いのある結末では・・・ありませんでした。文字を読んだだけで涙を流してため息なんて、物語の力はすごいです。

SFということで設定(世界観)が複雑で、読み返したらまた伏線とかあって楽しいと思いますが、読み返すのに勇気が要りそうです。

読んで思ったことには、恥ずかしいけど、「愛する人は愛せるうちにたくさん愛した方が良い」って感じました。

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裏表紙。

気づけば4日間で1冊終わってしまいました。

新しいのを買ってまだまだ書き続けたいです。

2019 8/13 しみず

おわりに

1冊目は以上です。

気づけば7000字以上書いていました。もはや、デスクワークを一仕事終えた気分です。

ここまで読んでくれてありがとうございました。また2冊目で会いましょう。

 

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