清水のブログ

「いち」大学生の日々

普通の人生

こんばんは。

「普通の人は~」とかいうフレーズありますよね。

使われる際は、「多くの人は~」という意味の事が多いと思うのですが、たいていの場合、使う人が都合の良いように誘導するために言っている気がします。

その延長で、「普通の人生」とは。と思ったのですしみレーションしてみます。ステレオタイプかもですが。

本当は「普通」なんて無いのですが。

普通の人生

ある日、地球に生まれます。

すくすく育って、幼稚園や保育園に通ったり通わなかったりします。

小学校に入学します。

中学に進学します。

めでたし。義務教育修了です。

この間に習い事をするのも普通かもしれませんね。

中学を卒業したら高校に進学したりしなかったり。

人生ってなんて選択の幅が広いのでしょう?

中高で「青春」を謳歌します。

高校を卒業して、大学に入学したり、就職したり。

どちらの道へ進んでも、どのみち数年後には働きます。

働いて、結婚して子供をつくって、定年を迎えます。

老後は自分の好きなことをしつつ、ご近所さんと関わったり。

病気などで死にます。

 

「普通」の人生。こんな感じでしょうか。

「普通」?

読んでくれた方は分かると思いますが、これが「普通」の人生なんでしょうか。

健康体で産まれなきゃ普通じゃない?

世の中が呼ぶような「青春」を謳歌しないと普通じゃない?

結婚しなきゃ普通じゃない?

などなど。

「普通」って呼び方をするとどうしても違和感が生じます。

正当化のために「普通」ってやたらに使う人はせめて「多くの人」って言って下さい。頼みます。

「の人生」?

僕はこれまで、公立の小中学校に通い、普通科の高校に通ってきました。

多くの人が通る道ではないでしょうか。(そう思うのは自分がそういう環境に居続けたからだろうけど)

現在、大学に入って学部を選んで、ようやく「普通」から外れたかもしれません。

とはいえ所詮、誰かが決めたことですが。前人未到の事をしてみたいぜ。

上記で例に挙げた「普通の人生」。

こういう人生を送る人ってどれくらいいるんでしょう。

イメージだけが存在して、実際は少数派な気がしてなりません。

とりあえず僕は、定年までずっと同じところで働くのは嫌です。というか無理な気がします。

こんなこと言ってられるのも今のうちだけでしょうか。それならば一刻を争う。

おわりに

「普通の人生」を考えてみて、それは嫌だし、そんな人いるのか?ってなる。

というお話でした。

こんな記事でしたが読んでくれてありがとうございました。

 

おしまい