清水のブログ

「いち」大学生の日々

何のために大学に行くのか?

こんばんは。

今日は天皇即位ということで引きこもってました。

うそです。引きこもってたのはホントです。

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大学のお話

随分とざっくりしたタイトルです。

大学に入って思うあれこれについて書きます。

大学受験

改めまして僕は北大生です。

今は腐り果ててしまいましたが、受験生の頃は「頭が良かった」と思います。

あくまで、僕の知ってる世界の中で偏差値ではかられる上でのお話でしたが。

北大に合格するために結構頑張ったと思います。

それゆえ、受験の際の緊張感と合格発表の喜びは印象的です。

受験のために札幌キャンパスを訪れたのは2月で、雪が積もっていました。

入学してから訪れたときには雪はおおむね融け、キャンパス内の建物の全貌を見ることができました。

「これからここで勉強するのかーーー がんばろうっ」と思ったものでした。

父の言葉

ここで挿入されるのが父の言葉です。

受験期にこう言われました。

「受験が終わったらもう勉強することもないのだから、頑張れ」と。

言っておきますが、僕は父のことをディスってるわけではありません。

この言葉に込められているのは、勉強の日々で苦しんでいる僕を見ての優しさでしょう。

でもきっと世の中には「大学は贅沢なところ。お金がある人たちが社会に出る前に遊ぶための場所」と思っている人もいることでしょう。

そして、僕はそれを完全に否定できません。

大学に行く意味とは

「学生の本分は勉強」とはよく言われます。

それは必ずしも学問だけでなく、「人生経験」という意味で様々なことを学べるのが大学生の期間だと思います。

では、大学生のうちは世間と離れて生き方のことや将来のことを考えていけば良いのでしょうか。

それが必要なことなのかが僕には分かりません。

「(本来中高生のうちに終わるはずの)モラトリアムの延長」と捉えれば贅沢なことかもしれません。

なにより、世間の話を聞いていて、「大学に行くって大切だな・・・。」と感じることがあまりありません。

自分自身もまたそうです。あんなに頑張ったのに、「なぜここにいるんだろう?」と思うことがあります。(「北大に受かるために勉強しなきゃ!」っていう夢を見たときはゾッとしました。)

スキマスイッチの『全力少年』にそんな歌詞ありましたね。

なにより、「意味」は誰も説明してくれません。

フィンランドでは、(日本で言う)高校から(日本で言う)大学の間に1年間の猶予期間があるそうです。

それなら少しでも「意味」を自分なりに考えられるかもなぁって思います。

責任転嫁かもしれませんが、高校までの規則的な生活から突然「自分で学んで」と言われても・・・って想いもあります。

価値観の広がり

中高にて

上に「僕の知ってる世界の中で偏差値ではかられる上でのお話でしたが。」と書きました。

中高生の頃は「頭が良い」と言われることがありました。

でもそれは結局その世界の中だけのお話です。

学校の勉強ができるかどうか、スポーツができるかどうか、恋人がいるかどうか、とかそんな価値観の中でのお話です。

これらに当てはまらない何か自分の好きなことを極めている人は周囲に埋もれたり、ないがしろにされていました。

あくまで僕の周りの話ですよ。

あ、自分自身もそう思っていたので「周り」というのはずるいですね。

大学にて

大学に入って価値観は広がりました。

高校のある先生が「偏差値の高い大学ほど『良い人間』がいる。」と言っていました。

先生の言う『良い人間』とは「様々な価値観を知っていて、物事を頑張れる人」だそう。

「どの大学でも設備はそんなに変わらないが『良い人間』に会いたいなら偏差値は指標になる」とも言っていました。

なるほど。

僕は北大しか知りませんが、少なくとも僕の周りは『良い人間』と感じます。

 

まあ、大学でも「陰キャ」「陽キャ」とかに執拗にこだわってる人もいますが。ネタなのを僕が分かっていないだけでしょうか。

さてさて、何か好きなことを極めている人は尊敬されます。僕はします。

うらやましい限りだ!と思いますが、中高でその価値を知らなかったのでしゃーないです。

結局

何かを極めたいなら自分で学ばないといけません。

そして今自分が学べる環境にいるのは嬉しいことですね。

これは、大学生ならではです。しかし大学に入って様々な人に会わなければ気付かなかったことです。

結局、「何のために大学に行くのか?」という問いに対して今の僕は「学びたいことを学ぶため」と答えるほかありません。

それが正解かどうかは分かりません。

そして、何も学ばずに終わってしまったらゴミです。

そうして終わってしまったら「贅沢しやがって」と言われても返す言葉がありません。

そうならないためにも時間を浪費せずに生き生きと日々を生きていきたいものです。

 

おしまい