清水のブログ

「いち」大学生の日々

帰省 家族と人生設計の話

帰省2日目です。

昨日読んだ小説のせいで(おかげで)郷愁に浸っております。

 

おじいちゃん

 

ぐっすり寝て、朝9時に起床。

アップデートされたポケモンをプレイ。

一階に降りておじいちゃんと話しました。

インフルエンザで少し弱っていました。

喉がガサガサ+方言 で聞き取りづらかったです。たぶん、身近でない人には会話できないと思います。それゆえ、おじいちゃんと話すと自分はここで育ってきたのだなぁと感じます。

介護施設にて

今回の帰省は同窓会やら成人式やらで外に行ってばかりのため、時間のある今日のうちにと、おばあちゃんにも会いに行きました。

というのも、おじいちゃんとおばあちゃんは実家で一緒に暮らしていたのですが、年齢や病気など諸々あっておじいちゃんは時々デイサービスへ、おばあちゃんはほとんど介護施設で過ごしているのです。

おばあちゃんに会いに介護施設に行きました。

笑顔が絶えず元気そうな様子でした。

父はおばあちゃんのことを、「いろいろと記憶があいまいではあるけど、その日が楽しそうなら良いかなと考えてる」そうです。

僕もそう思います。

とりあえず笑顔の姿を見られたのはうれしかったです。

介護施設の中でもいろいろな人がいるようです。

父を職員さんと勘違いして話しかけてきたおじいさんがいました。

その後父に「ああいう人なんです」と言う別のおじいさんもいました。

いろいろな人が同じ場所で過ごしているのは学校に似ている気がしました。

職員さんは父に「ごめんなさいね・・・。」と言っていました。

仕事と大学生

 

職員さんの中には僕と同年代の人もいました。

自分と同年代の人が働いているのを見ると罪悪感と負い目を感じてしまいます。

「何をのんきに学生やっているんだろう?」と思ってしまいます。

この気持ちは、たとえば自信をもって「こんな研究をしています!!」と言えるようになれば解消されるのでしょうか。

一切遊ぶことをやめれば解消されるのでしょうか。

www.shimizu-blog.com

こんな記事を書きましたが、いまだに解消されることはありません。

前向きに仕事をとらえたり、ここにいるからこそ目指せるものを見つけるのがいいかな。↓で少し希望を見つけましたし。

www.shimizu-blog.com

 

母との話

 

さて、帰宅して遅めの昼ごはんを食べました。

母と二人で食べ、そのまま何となく話していました。

 

受験

僕の北大受験の時の話をされました。

「受験会場へ向かう電車の中では自分の座る席だけ確保して参考書を読んでいたが、帰りの電車は私の分の席も探してくれた。」とのこと。

まったく自覚がなかったので驚きました。当時はやはりピリピリしていたんですね。懐かしいです。

 

結婚

結婚の話をしました。

母は「孫は見たいけど、一度きりの人生だしいろいろ経験すればいい。子供を作ったら責任が生じるから好き勝手にはいかないけど。」と言いました。

今まで母親と「人生設計」的な話をしてこなかったので新鮮でした。

僕は小中学生の頃、友達と遊んだりを母に制限されがちで、いつしか勝手にダメだと思って母に聞かなくなっていました。

なのでこの言葉は意外でした。

まあ、子供の遊びと人生設計の口出しを比べても仕方ないですが。

 

いつまで生きるか

 

いつまで生きるかの話をしました。

母は50歳を超えてから人生の終わりについて考えることが増えたとのこと。

「あと30年くらいは自分のことは自分でしたい」と言っていました。

これまで、祖父や祖母や先生の死は経験したことがあります。

ただ、その際に母親のことを考えたりはしませんでした。

今回初めて「終わり」を示されたように思えて戸惑いました。

母が死ぬことを想像できません。

でも受け容れなければならない時が来るのでしょう。

 

おわりに

 

なんだか深刻な話ばかりですね。

帰省すると、すべてが自分の感覚への刺激になって感傷に浸ってしまうようです。

家族や街の変化もそうです。

さて、これから高校の友達に会ってそのままお泊り会なので今日はこれで終わりです。

読んでくださってありがとうございました。

 

おしまい