清水のブログ

「いち」大学生の日々

Twitter垢消したい&人目と友達

Twitterのアカウントを消すかどうかで迷っています。

消したい理由が3つあります。

1つ、開いても何にも面白くないからです。

2つ、ブログをあまり多くの知り合いに見られたくないと今になって感じたからです。

「そんなのログインしなければいいし、ブログのツイートもしなきゃいいじゃん。」と言われたら、全くその通りです。

それなのに、アプリのアンインストールではなくアカウントの削除を望むのは、有るとついやってしまうから。これは病気でしょうね。

ブログのツイートに関しては、フォロワーの中に「読んでるよ!」と言ってくれる人がいるから、ついついしてしまうのです。

もし、ツイートからブログを読んでくれてて、これからも読んでくださる方は、この記事とかをブックマークするといいと思います。

ほんと、こんな文章を見に来てくれる素敵な人に指示を出すようで申し訳ないです。

 

3つ目の理由は後述するので、次に消すのを躊躇っている理由について書きます。

たとえば、僕の書いたしょうもない漫画にいつも「いいね」してくれる人がいたり、Twitterを通じて同郷で同大学ということが分かり、一緒にご飯を食べた人がいたり、意外なつながりがあったのに、それが消えてしまうからです。

 

前までは思えたのに、今は「どうせ消えたら消えたで忘れ去られるだけだろう」と確信できなくなりました。

これが過剰な自己評価だとは認識しています。

だけど心の奥では、確信できないようです。

 

これはTwitterに限った話ではないですが、僕はずっと、「自惚れは良くない」と思ってきました。それは今も思います。「自分に自信がある」とは別の概念だとも思います。

その一方で「自分を貶めすぎるのも、自分を想ってくれる人に悪い」と思います。

ありがたいことに、ここ数年で、僕に好意を持ってくれたり、期待してくれる人がいることに気づきました。

身も蓋も、恥も無い書き方をすれば、「自分を貶めるあまり『自分を好きでいてくれている可能性』を見落としてしまっては、相手に迷惑がかかる」ことに気がつきました。

人間関係は、自惚れをせず、かつ自分を貶めることもなく、あらゆる可能性を考慮しなければうまくいかないらしいのです。

 

僕は小中高とずっと、「ちゃんと友達と呼べる人は少ないし、どうせ自分のことを気にする人はいない」と思いながら生きてきました。

別に人に好かれなくとも良かったのです。

今はそう思えません。

妙に、人に好かれたくなったようです。

たぶん、大学ではみんな優しくしてくれるからでしょう。

苦手だったSNSも始めて、フォロワーも増えました。

だけど今、アカウントを消したくなっています。

たぶん、合わないことに気づいたのでしょう。

これが3つめの理由です。

たかだかフォロワー2桁、たかだかインターネットの繋がりですが、合わないようです。

どうやら、「どうせ自分のことを気にする人はいない」が自分らしいようです。

友達(フォロワー)の数も、多くても自分にはどうにもできないみたいです。

大学ではみんな優しいですが、それは気遣い(orコミュ力)が上手になっているからでしょう。

僕はそれが苦手です。会話の端々の気遣いが、非常に疲れます。(もし自分だけでなく皆そう思ってるなら、息苦しい社会という他ない)

 

ついでに書いておくと、ブログももっと好きなことを書きたいのです。

「日記」ですから。もっと自由に、痛々しくてもいいから。

今更、ツイッターのリア垢(しかないけど)とリンクしてしまったことを後悔しています。

理想は「匿名だけど一部の友達には分かる」って状態です。

作り直すか、Twitterとの連携だけやめるか、完全に繋がりを絶って読んでくれてる人にだけ知ってもらうか(どうやって?)。

このブログには愛着があるので出来れば作り直したくはないです。

 

さて、書きたいことを詰め込みすぎて話が混線してきたので、主題「Twitterのアカウントを消すか迷っている」について選択肢を書いて終わりにします。

 

1.消す。ブログはそのまま。

2.消す。ブログも作り直す。

3.消さない。ブログもこのまま。

4.消さない。ブログのお知らせツイートはやめる。

 

こんな感じですかね。

「アカウント消すか問題」は「人目を気にするか問題」と直結しているのでお悩み中です。

 

今日は日常のお話ではないので写真は無し。

以上、ここまで読んでくれてありがとうございました。