清水のブログ

「いち」大学生の日々

正義と秩序とうちの家族

世の中には、「性格診断」のようなものが多くあります。

科学的な根拠に基づいたものもあれば、血液型占いのように「話のネタ」程度のものもあります。

そこでよく、「論理の正しさより場の安定が大切だ」という設問が見られます。

「正義と秩序のどちらを重視するか」と言い換えてもいいでしょう。

去年、心理学に興味を持って本をいくつか読んでいたときに「正義と秩序」の話が出てきて、「性格診断もこれをもとにしてるのかな?」と思いました。

(↓確かこの本だったと思います。いくつかの心理学の考え方が整理されて載せられていたうちの一つです。)

10代からの心理学図鑑

10代からの心理学図鑑

 

「正義と秩序」を思う時、あるシチュエーションを考えます。(あくまで僕が勝手に考えたものです。)

たとえば、バスを待つ列の先頭に並んでいたとします。

バスが来ますが、それは自分の乗りたいものより早い時刻の、他の路線のバスでした。

自分の後ろに並ぶ人はそれに乗りたかったため、少し避けて先に行ってもらいます。

そのあと、列の先頭に戻ろうとしましたが、既に新しく人が並んでいました。

ただし、また列に並び直してもバスには十分に乗れます。

この時、新たに並んだ人に話しかけて先頭に戻るかどうか。

戻るのは「正義」を重視する人、また並び直すのは「秩序」を重視する人と思うのです。

僕は並び直してしまいます。(実体験)

「今まで並んでいた」という正しさより、「揉めたくない」という気持ちが上回るからです。

 

もう一つシチュエーション。

シンプルに、「頼んだ料理が来なかった時、店員さんを呼ぶかどうか」

僕は、一品も来てない場合はともかく、呼べないのです。

「自分が我慢すれば全て済む。そもそもそんなに食べたくないし。(←自己正当化)」ってなっちゃいます。

まあ、これはバスの話と違って、「言った方がお店の為になる」場合もありますけど。シチュエーションとして多いかなと思って書きました。

 

ついでに、うちの家族の話を書いて終わります。

うちの父親は、「正義」の人なのです。

母親はニュートラル。姉と僕は「秩序」の人。

だから、バスの例で言うと、父は先頭の人に「さっきまで並んでいたので」と言うでしょう。

姉はそれを見て嫌な顔をします。(大抵母に愚痴っている)

僕は、ただ静観しています。

でも、言わないんじゃなくて言えないだけです。

愚痴れるだけ姉は立派だと思います。

「正義と秩序」どちらを重視するかは人それぞれなのですが、どちらも正しい故にうちの家族はいつも嫌な雰囲気になります。

なんだか愚痴になってしまいました。

おしまい