これからについて考える

スーパーに行ったら、レジのおばちゃんに「北大生?」と聞かれました。

「そうです。」と答えたら、「そう見えるもん~。」と言われました。

なぜそんなことを聞いたのか謎です。特に理由はないかもしれません。

「北大生に見える」と言われ、「どんなイメージだろうか」と、想像力を働かせました。(こういう時に思い浮かぶことは、僕の偏見だったり悩みだったりを反映するのでしょうね。)

勉強ができそう?それ以外できなさそう?服装がそんな感じだった?話し方や挙動がそんな感じだった?年収は?彼女はいるの?調べてみた!

などなど、思い浮かべました。

町のスーパーで大学を聞かれるって、昭和とかの出来事のような気がしてしまいます。(今読んでる小説の時代設定がそうだからってのアリ)

 

自分で書くのはおこがましいけれども、一番はじめに思い浮かべたのは「勉強ができる」でした。

そこからいろいろ考えたのです。

確かに受験は頑張ったけれど、いつまでも「頑張ったことは受験です。」ってのはものすごくかっこ悪いことだなーと思いました。

大学に入りたて数ヶ月ならともかく、もう3年生ですからね。

大学生になって頑張ったことは無いのかって話です。

 

 

無い

 

 

かなしい。

何を以て「頑張った」というのか分からないが、思い当たらない。

例えば、部活を途中でやめなければとか、もっと勉強をして希望の学部に行けていたらとか、たくさんお金を稼いでいればとか、たくさん本を読んで勉強すればとか、、、?

明確な目標もなく、ただ過ごしていて、 この日々がいったい何になるんだろうって思います。

 

さて、スーパーの帰りにコンビニで『銀の匙 15巻』を買いました。最終巻です。

銀の匙はずっと追いかけて買っていた漫画ですが、今年の2月に出ていたのを知らず、今になって買いました。

僕が北海道に行こうと思った一つのきっかけの大切な漫画です。

15巻で八軒は高校を卒業し、新事業を始めます。(知らない方置いてけぼりですみません・・・)

卒業の際に高校3年間の思い出が蘇ったりします。

なんか、読んでみていろいろ思いましたね。

『銀の匙』は2011年から連載していますが、途中休載があったりで、最新巻で作中は2014年でした。

僕が読み始めたのは確か中2くらいだったので、7年がたちました。

作中では3年間で、現実では7年間経ったわけです。

片やフィクションであるのは分かっていますが、その密度の差にちゃんと落胆しました。

特に、僕が大学に入ってから。

僕は、八軒に憧れて北海道に来て馬術部に入ったりしたわけですが、結局辞めました。

まあ、辞めたのは仕方ないところはあったと思うのです。自分は適応できないタイプの人間だったと割り切れます。

でも、辞めてから何をしたわけでもなく、これからもどうするんだろうって思います。

引っ越してからようやく、ネットで仕事探してみたりサイト作ってみたり本読んでみたりして、まだいいかなって思えるけど、相変わらず目標は無し。大学の勉強は、今あるものは学ぼうとしているけど、それでどうするんだって感じます。

大学行かせてもらっといて、何やってんだろうなーーー

 

一応、知り合いで読んでくれている方に向けて書くと、たとえば一緒にいた日々が無駄だったとは思っていませんので、一応。

これは自分一人の時の話です。

これからどうするんだろうって不安に思っています。こんなこと考えるのも馬鹿らしいなって思いも同時にあったりします。

 

記事の感情の落差が阿部共実作品並みでしたね。どうもすみません。